今も変わらずカッコいい田原俊彦のデビュー当時から現在の活躍まで

80年代のスーパーアイドル、トシちゃんこと田原俊彦さん。

ジャニーズ事務所の『たのきんトリオ』として近藤真彦さんと野村義男さんとの3人組で大人気アイドルでした。

出典元:NAVERまとめ

トシちゃんといえば「ビッグ発言で干された」と良く聞くと思いますが、テレビに出ていなかったいわゆる干されていた間はどのような活動をしていたのでしょうか。

気になりますね。

ファンを大事にするというトシちゃんのことだから、きっと何かしらの活躍をしていたのでしょう。

トシちゃんのトップアイドル時代のことから、干されたといわれていた時期現在の活動など見てみましょう。

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子ども時代

横須賀・大津マリア幼稚園を卒園後、横須賀市立馬堀小学校に入学します。

ところが、入学後、父が糖尿病で亡くなって母子家庭になってしまいます。

トシちゃんは姉2人と妹1人の4人兄弟。

お母さんは、四人の子どもを女手一つで育てなくてはいけなくなり、お母さんの故郷である山梨県甲府市桜井町に引っ越すことになりました。

そこで、高校卒業まで過ごします。

デビューはジャニーズに直談判!?

子どもの頃から芸能界に憧れていたトシちゃん。

中学の時から「芸能人になる!」と決めていたといいます。

母子家庭で貧乏だったこともあり、芸能人になって成功し、家族を楽にさせてあげたいと思っていたそうです。

女ばかりの兄弟の中、たった一人の男だということで責任感を感じたのかもしれませんね。

家族想いで胸が熱くなります。

高校に入り、自らジャニーズ事務所に履歴書を送りますが、返事がきませんでした。

行動力のあるトシちゃんは、事前連絡なしで、ジャニーズ事務所を直接訪れます。

そして、ジャニーさんに直談判し入所することが決まったそうです。

高校時代はジャニーズ事務所のレッスンの為、週末は山梨と東京を行き来する生活を送っていました。

交通費もばかにならなかったでしょうね。

しかも、この時代はニューミュージックが流行っていて、アイドル低迷期と呼ばれていた時期。

ジャニーズ事務所は数年前にフォーリーブスが解散して、ジャニーズ文化がなくなるかも、とまで言われていました。

そんな時期に、高い交通費を払って毎週レッスンに通うことに不安もあったことでしょうね。

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運命のドラマ『金八先生』に出会う

そしてついに、1979年10月~放送のテレビドラマ『3年B組金八先生 第1シリーズ』に中学生役で出演することになります。

実はこのときすでに高校も卒業した19歳だったけど、金八先生に出演するためにジャニーズ事務所の意向で年齢を1歳さばを読み、プロフィールを18歳としていたことを後々謝罪していました。

でも、この時のトシちゃんの役は、ツッパリ役だったので、ちょっと大人っぽいくらいでちょうどよかったんですけどね。

このドラマで、トシちゃんは人気爆発。ファンレターが月に18万通もあったそうです。

歌手デビュー

『金八先生』時代からたのきんトリオとして近藤真彦さんと野村義男さんとの3人組大人気でしたが、その中で一番最初に歌手デビューしたのはトシちゃんでした。

ダンスがうまくてカッコいいトシちゃんは出す曲出す曲、大ヒット。

紅白歌合戦にも1980年から1986年まで7年連続出場していました。

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伝説のドラマ『教師びんびん物語』

生徒数が減少した都内の小学校を舞台にしたドラマ『教師びんびん物語』が大ヒット。

野村宏伸さんとのコンビも楽しく、ほんとにおもしろいドラマでした。

最高視聴率は24.9%になるほどの話題作!

主題歌の『抱きしめてTONIGHT』も大ヒットし、紅白歌合戦に一年ぶりの出場の権利を得ましたが、辞退したということです。(前年に落選したことを根に持ったという噂・・・)

問題の『ビッグ発言』

長女が生まれたときにおこなった記者会見。

その時のトシちゃんの発言が『ビッグ発言』として取り沙汰されました。

「前略・・・僕くらいにビッグになっちゃうと・・・後略」

と話の一部を切り取られ、その発言だけがクローズアップされ、大批判を浴びることになりました。

しかも、記者会見の時の様子が「終始傲慢な態度」「記者の質問にろくに答えない」などと言われてしまいます。

そして、「干された」と言われるようにその後はメディアから姿を消すことになります。

しかし、これには、かなり誤解があったのでは?とも言われています。

■トシちゃんはマスコミ嫌い

トシちゃんはマスコミ嫌いで有名。結婚も極秘にしていたほど。

しかし、長女が生まれたことで、マスコミから娘を守るために、キチンと記者会見を行おうと決意したようです。

そう考えると、トシちゃんの娘を想う愛を感じますよね。

ただ、記者会見するからには、もうちょっと真摯な態度を取るべきだったのかも・・・

■トシちゃんは永遠のアイドル

トシちゃんは永遠のアイドル。これは、現在のジャニーズタレントにも受け継がれている部分だと思います。

トシちゃんが先駆けだったのかもしれませんね。

なので、結婚のことや家族のことなどは話さないということを貫いたんでしょうね。

キムタクやTOKIOなども家族のことはほとんど話さないですよね。

■ジョークが通じなかった・・・

僕くらいにビッグになっちゃうと」発言はジョークのつもりだったようですが、その時のトシちゃんの態度が傲慢だったために、ジョークととらえてもらうことができなかったようです。

なんとも、かわいそうな話ですよね。

トシちゃんももうちょっと空気を読んでジョークを言えば良かったのかも・・・

つまり、状況的には

マスコミ側

  • 人気が低迷しているのに、態度が傲慢
  • 傲慢な態度に芸能業界が飽き飽きしていた

トシちゃん側

  • 常に自信たっぷりの『アイドル田原俊彦』を演じていなければいけかった(というプライド)
  • アイドルとしての誇りをいつも持ち続けた

これらが合わさって、『ビッグ発言』と後世に語り継がれるほどの大事件になってしまったんですね。

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メディアから離れている間

「干された」といわれていた間、実は活動していなかったわけではないんです。

トシちゃんが、何も活動していないわけないですよね。

ジャニーズ事務所に入るために直談判したほどの行動力のある人ですからね。

■インターネットラジオなど時代に合わせた活動

トシちゃんはインターネットラジオを開設し、2006年から2018年までラジオを放送を行っています。

『田原俊彦 DOUBLE “T”リラックスタイム』というタイトルの番組で、多い時はリスナー25万人にもなるほどの人気でした。

今後は配信形式は変わるようですが、また行うようです。

HPをみても「それではまた逢う日まで!」と綴っているので、またいつか開始することをにおわせていますね。

そして、コンサートやディナーショーなども積極的に行ってきました。

ファンが子育て世代だった時は、集客が1200名程度の会場でのコンサートだったものの、ファンも子育てに落ち着き金銭的にも余裕がでてきたようで、2011年には中野サンプラザ(集客2222名)の会場で行うまでに持ち直しました。

昔からの根強いファンはたくさんいて、チケットはすぐに完売することもあるようです。

トシちゃんファン健在ですね。男性ファンも意外と多いとのことですよ。

ファンを大事にするというトシちゃん。ファンはそんなトシちゃんのことをちゃんと知っていて、まわりが何を言おうともトシちゃんを信じ続けたんですね。

ジャニーズ事務所への感謝を忘れない

1994年にはジャニーズ事務所を退社し、独立しましたが、トシちゃんは今でもジャニーズ事務所への感謝の言葉を事あるごとに言っているようです。

「いつもジャニーさんの「作品」として田原俊彦という僕があり、事務所に所属していた時に様々な経験を積ませてもらったお陰で、今があるということを忘れることはない」と自伝にも綴っているほど。

こんなこと言えるトシちゃんはカッコいいですね。

自分を育ててくれたジャニーズ事務所。

ジャニーさんも、50歳過ぎたトシちゃんが今でもこんな風にファンに愛されて歌って踊り続けている姿を見てうれしいでしょうね。

いくつになっても、このままのトシちゃんでいてほしいですね。

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