夏目雅子のwiki風プロフや家族や子供時代。デビュー当時の映像あり

昭和の大女優として今だ語り継がれる夏目雅子さん。

1985年に27歳という若さで亡くなりました。

美人薄命という言葉がありますが、夏目雅子さんの為にあるような言葉ですね。

急性骨髄性白血病』に侵され闘病していましたが、退院間近との報道があった矢先に肺炎にかかってしまい、亡くなりました。

お嬢様育ちと噂の夏目雅子さんの生い立ちや、デビューの経緯デビュー当時の作品のことなど、調べてみました。

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♦ 夏目雅子さんのプロフィール

  • 本名:西山 雅子(にしやま まさこ)
  • 旧姓:小達 雅子(おだて まさこ)
  • 生年月日:1957年12月17日
  • 出身地:神奈川県横浜市
  • 血液型:B型
  • 身長:164センチ

この時代の方にしては高身長ですね。

2019年4月現在、もしまだ生きていたら、61歳ということになります。

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♦ 子ども時代や家族のこと

父親が荒物、金物、石鹸、亀の子たわしなどを扱う日用品雑貨の店を営んでいました。

東京オリンピックのための道路拡張後にこの店をビルにして、貸しビル業などを行い成功しました。

神奈川県横浜市中区山手の自宅は、モービル石油の日本支社長の旧宅で敷地は250坪もある豪邸

そして、千葉県館山にも別荘を持つほどのお金持ち。

生粋のお嬢様ですね。

3歳上の兄と10歳の弟がいます。

お兄さんの小達一雄さんの奥さんは元キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さんです。

弟の小達敏昭さんはプロゴルファー。

小達敏昭さんの娘、夏目雅子さんからみた姪っ子は、宝塚歌劇団月組の風間柚乃(かざま ゆの)さんです。

169センチの高身長を活かし、男役をしているそうです。

スゴイ一家ですね。

♦ 芸能界に憧れた少女時代

小学三年生の時に、テレビドラマ『チャコちゃんハーイ!』を見て子役になりたいと思ったのが一番最初のきっかけだそうです、。

大人気の児童向けドラマ、チャコちゃんケンちゃんシリーズですね。

1960年~70年生まれの方にはめっちゃくちゃ懐かしいドラマなのではないでしょうか。

子役の夢は、母親に猛反対されたことで叶うことはできませんでした。

その後、17歳の時、映画『ひまわり』をみて衝撃を受け、本格的に女優を目指すようになります。

出身校は、東京女学館小学校、東京女学館中学校・高等学校卒業

小学校の頃から私立に通うなんて、相当のお嬢様ですね。

中学受験時の偏差値は53と普通レベルではありますが、中高一貫のため、高校からの入学はできません。

そのため、教育体制が充実しているのか、近年では難関大学へも多くの合格者を出しているようです。

卒業生には宝塚歌劇団や女優へ進学する人も多いようなので、音楽や芸術の教育に力をいれているのでしょうね。

夏目雅子さんは、東京女学館短期大学に進学し、フランス語を専攻しますが、女優業を優先するため中退します。

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♦ 芸能界デビュー

1976年、短大入学直後、父の友人のツテでタオルメーカー内野株式会社(現UCHINO)のコマーシャルに出演。これはデビュー前のことですが、初のテレビ出演になります。

その後、テレビドラマ『愛が見えますか…』のヒロイン役のオーディションを受け、486人の応募者の中から見事合格し、女優デビューを果たします。

この時は、本名の小達雅子で女優業をしていました。

『愛が見えますか…』では、盲目のヒロイン役。難しい役だったこともあり、連続57回というNGを出し、「お嬢さん芸」などといわれてしまいます。

しかし、芸能関係者に夏目雅子さんの魅力が目にとまり、みるみる仕事は増えていきます。

1977年から8年間、山口銀行の広告に出たり、カネボウ化粧品のキャンペーンガールとなり、「クッキーフェイス」のCMでて注目を集めます。

水着姿の夏目雅子さんは今の時代に見ても引けを取らない美人で抜群の色っぽさもあります。

イギリスの女性が歌うCMの使用楽曲「Oh!クッキーフェイス」を夏目雅子さんが日本語でカバーし、歌手としてもデビューしました。

このときのCMディレクターは、後の直木賞作家で夏目雅子さんが不倫の末に結婚することになる伊集院静さんです。

夏目雅子さんの恋愛事情についてはこちらをどうぞ

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♦ 女優として不動の人気を得る

1977年には、映画『トラック野郎・男一匹桃次郎』で初主演を果たします。

テレビ初出演からわずか1年ですね。

翌年の1978年、『西遊記』では、三蔵法師役を演じて不動の人気を得ます。

この役はいまだに語り継がれていますね。

三蔵法師役の夏目雅子さんは、本当にお美しい・・・。

きりっとした目元。整った顔立ち、見とれちゃいますね。

三蔵法師役では、頭を坊主にして話題になりました。

すっかり、女優として認められた夏目雅子さんは、その後も数々の作品に出演。

1980年、NHKのドラマ『ザ・商社』のヒロイン役では、上半身裸のヌードシーンがあり、迫真の演技だとの評価を得て、「お嬢さん女優」のイメージ脱却にみごと成功しました。

1982年には、セリフの「なめたらいかんぜよ!」が流行語となった映画『鬼龍院花子の生涯』では、またまたヌードシーン。

ヌードシーンはスタント(代役)を立てる予定でしたが、「他の出演者の女優さんが何人か脱いでいるのに、自分だけ脱がないのはおかしい。私も脱いで演技します」と本人が希望したというから驚きです。

事務所は猛反対しましたが、結局は、本人がヌードになり撮影をしたということです。

この映画での演技が評価され、ブルーリボン賞を獲得。演技派女優としての地位を確立しました。

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♦ まとめ

お嬢様育ちの夏目雅子さんですが、女優魂は相当なものですね。

体を張って全身全霊をかけて演技に挑む夏目雅子さんの作品をもっと見続けたかったです。

ご冥福をお祈りします。

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