京マチ子は妖艶で演技派・昭和時代の映画グランプリ女優

2019年6月28日(金)の爆報!THE フライデーでは、京マチ子さんの特集があります。

大映の看板女優として活躍された京マチ子さん。

戦後の日本の映画史に残る大女優です。

京マチ子さんのプロフィール

出典元:男はつらいよHP

■子ども時代

本名は、矢野 元子(やの もとこ)さん。

1924年(大正13年)3月25日に一人っ子として生まれました。

5歳の時にお父さんが蒸発。

それ以来、お母さんとお祖母さんに育てられました。

1936年(昭和11年)、大阪松竹少女歌劇団(OSK)に入団。

この時、京マチ子さんは12歳頃です。

トップダンサーとして活躍しました。

大阪松竹少女歌劇団とは、宝塚歌劇団・松竹歌劇団(SKD)と並ぶ三大少女歌劇のひとつです。

現在はOSK日本歌劇団と名前が変わっています。

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■映画女優として大活躍

1949年(昭和24年)に大映に入社し、女優デビューしました。

京マチ子さんは、身長160cm、当時の女性としては高身長でした。

グラマラスな肉体美を活かし、数々の名作に出演しました

主演映画「羅生門」「雨月物語」「地獄門」など数々の作品で世界最高峰の映画祭で次々と最高賞などを受賞し、「グランプリ女優」と呼ばれるほどでした。

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■テレビ界に進出

1971年(昭和46年)に大映倒産。

以降は、テレビドラマや舞台を中心に活動を始めます。

『犬神家の一族』や『必殺シリーズ』、NHK大河ドラマの『花の乱』『元禄繚乱』などで、活躍しました。

80歳を過ぎた2006年の舞台に出演しましたが、その後は事実上の引退状態でとなっていました。

■晩年

晩年はドラマ「渡る世間は鬼ばかり」のテレビプロデューサー・石井ふく子さんや、女優・奈良岡朋子さん、映画女優・若尾文子(85)などと同じマンションで暮らしていたそうです。

気の置けない仲間たちといっしょに、お正月は集まってごちそうを食べるなど、楽しい老後を過ごされていたようです。

2019年(令和元年)5月12日、入院していた都内の病院で心不全のため息を引き取りました。95歳でした。

一度も結婚することはなく、生涯独身を貫きました。

京マチ子さんは、生前からハワイの墓に納骨するように遺言していたそうです。

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